【福島学2023】最終講義
前期16回の福島学も最終講となりました。
8月23日に実施した南相馬市でのフィールドワークで学んだことを共有しました。
フィールドワークで観て、聴いて、経験して感じたことから私たちは何を得たのか?
学びを自分の中で終わらせず、発信しよう。インプットしたことをアウトプットしよう。
グループで付箋を使いながら活発に共有している様子です。
くしくも福島県沖では、原発事故に伴う処理水放出が始まったばかりです。
30年かかるといわれる処理水問題についても、学生たちはフィールドワークで獲得した知見と共に議論していました。
学生の振り返りから
・自身の「○○だから~だろう」というような予想が偏見と言える内容だったことに気付き、実際に現地に行って話を聴く価値や、正しい情報に修正する必要性を学んだ。
・グループ内で出た自分自身では気が付かなかった着眼点や、疑問点についても触れることができたため、多種多様な価値観や考え方を知ることができた。
・県外に避難した際、知らない土地のため心の居場所が無かったというお話を聞き、友という存在の大切さを今1度知ることができた。顔なじみと世間話や身の上話、愚痴などを言い合えることで心の拠り所が保てるのだろう。
・避難先に連れて行けず、殺された動物の話は聞いたことがなかった。戦争の際動物園の動物が殺された話は聞いたことが震災でもこのようなことがあったことに驚きを隠せなかった。
・行政や誰かに任せ切りにするのではなく自分ができることを考え見つけて実行していくことで地域に明るさを取り戻したいと考えていることが主体性なのだと気づいた。
・小高パイオニアヴィレッジでは「人も建物も境界線を無くす」ことを考えて建てられたそうで、震災で去ってしまった人々を戻すために、人が集まる場所を作ったと伺った。
・東日本大震災は、大人でも混乱してしまう状況だが、その中でも小さい子供を持つ親は自分と我が子の命を守らなければならない。そんな大変な状況でも支援があることによって不安が軽減したりママ同士の交流を通して意見を交換できたりすると考える。筆者は震災の時幼稚園児だったが、余震が起こる時や地震を怖がっているときに母が安心させてくれたのを今でも覚えている。短大生になった今、改めて考えてみると親の偉大さを感じることができ、同時に当時の不安感も想像することができる。そんなときにママの居場所があることを理解しているだけでも、安心することができると考える。
・復興とは地域のことを考えながら、つながりをたくさんもつことなのではないかとも考える。